菊のかおり

畑の菊が満開で、あたりにはいいかおりが漂っていました。そのかおりをかいだら、ふと父と一緒に帰省した時のことを思い出しました。たしか父の二回目の帰省でした。私のところに永住する決心ができたので、家を整理するため二人で鹿児島の田舎に行ったんです。

親戚への挨拶や墓参りをすませて、鹿児島空港に向かう途中、時間があったので磯庭園に立ち寄りました。磯庭園では、ちょうど秋の「菊祭り」が開かれており、菊の盆栽や菊人形などが賑やかに飾られていました。菊の盆栽を見ながら、花好きの父が嬉しそうに「かばしかね」と言ったのです。鹿児島弁では、いいかおりがすることを「かばしか」と表現します。たぶん「芳(かんば)しい」が訛ったのではないかと思います。畑の菊の香りをかいで、そうした情景が浮かんできたわけです。
思い起こせば数年前の正月明けのことでした。重病の父をこちらで入院加療させようと連れてきて、すぐに入院して大手術。3ヶ月ほどで退院したら、田舎に帰ると駄々をこねる父と第1回目の里帰りをしました。その里帰りで、自分は息子の家に住むしかないとようやく納得できたようですが、それから半年してから、いよいよ家を片づけするために二回目の里帰りをしました。心の整理がついていたのでしょうか。公園の菊を見ながら、「かばしかね」と言った時の、吹っ切れたような表情が忘れられません。
目の前では、菊のかおりに引き寄せられた蝶やハチが夢中になって蜜を吸っていました。近くでシャッターを切るが、人影に動じる気配はない。ただ時折近づく仲間があると激しく追い払っていました。なわばりに侵入した他の蝶を追い払う蝶特有の行動です。冬はそこまできています。蝶の越冬の形は、種類によってさまざまなようです。この蝶は、どのような形で冬を越すのか。いずれ、越冬に必要なエネルギーを蓄えるため力の限りを尽くしていたのかも知れません。

ヒメアカタテハ
畑から帰って磯庭園のHPを見たら、菊祭りは毎年文化の日に開かれていることがわかりました。ということは、磯公園を訪ねたのは、ちょうどこの時期だったようです。
畑の菊のかおりは、懐かしい思い出の扉を開いてくれましたが、父は昨年7月他界して、いまはもういません。